ルーツの旅

ルーツの旅

世の中に溢れる様々なもの、の中から気になるものを拾い上げてそれのルーツをたどります。

電話の旅

スマートフォンって便利。

 

電話機能は当然ありながら、ある時は目覚まし時計になり、ある時はカメラになり、ある時はラジオになり、ある時は辞書になり、ある時は財布になり、ある時はゲーム機になり、エトセトラエトセトラ。この機器のおかげで僕らの生活は随分と便利になり、僕らの荷物は随分と減ったと思います。

 

もはや持っていなかった頃のことを思い出せないくらい日常をともに過ごしていますが、遡っていくとおよそ十年前はまだ一部の人しか持っていなくて、大半はガラケーを使っていた時代でした。僕が大学に入学した時はまだLINEもなくて連絡先交換は電話番号ないしメールアドレスを教え合っていました。今思えば相当面倒ですね。

 

もっと遡っていくと、高校入学前後で皆が携帯を持ち始めました。僕の年齢もある程度このへんで予測ができるかと思います。その頃携帯にカメラが搭載され始め、まだデジカメの画素数にははるか及ばないものの手軽に写真が撮れ、かつそれをメールに添付することができる(写メール。死語。)というプチ革命を体感した記憶があります。

動画も今みたいに綺麗なものが撮れるというわけでもなく、10秒そこらの短い時間しか撮影不可。しかも画質最悪。だったものの、それを手軽さが勝り、意味もなく動画を撮ってはキャッキャする青春を過ごしました。

 

個人的な思い出話をだらだら続けても誰の得にもならないので、脱線して(というより本線に戻って)電話のルーツをこのまま辿っていきます。

 

日本で初めての携帯電話は、1970年に開催された大阪万博の電気通信館で展示された「ワイヤレスフォン」だと言われています。その後1985年に電電公社から民営化したNTTが初のポータブル電話機「ショルダーホン」を発売しました。ショルダーバッグみたいなものを肩からぶら下げている写真、見たことある方も多いのではないでしょうか。その2年後の1987年、ショルダーホンより小型化されたいわゆる「携帯電話」が発売されました。小型化されたとはいえ重さは1kg弱あったようですが。

1990年代の頭には超小型携帯電話(すでに小型携帯を出してしまったから「超」とつけざるを得ない状況。こういう止む無し感は割と好き)が発売され、1994年にツーカーグループとデジタルホングループ(現ソフトバンク)が新規参入し業界の競争が激化、2000年にJ-PHONE(現ソフトバンク)から初のカメラ付き携帯電話が発売されました。

 

本当にざっと辿りましたが、こうやってみると約20年前にはまだ携帯電話にカメラはついてなかったし、携帯されるようになったのも約30年前だし、そのちょっと前にはまだ肩からぶら下げて電話するのが最先端だったし、半世紀前には携帯電話自体この世に存在してなかった。

 

半世紀を長いと見るか短いと見るかはひとそれぞれですが、

僕はここまで暮らしが変わるのって単純にすごいことだと思っています。

と、同時にここからの半世紀後にどう変わっているのかがすごく楽しみです。

(この目で見られるように健康に気を使おう。自戒。)

 

ここで再び誰の得にもならないであろう僕の話に戻りますが、小さい頃から糸電話が大好きで。紙コップとタコ糸でよく作っては遊んでいた記憶があります。

あの「振動」で相手に伝える仕組みがもうたまりません。

 

振動で音声を遠くに伝える仕組みは、ベルが電話を発明するよりも早い1660年代にはイギリスのロバート・フックによって実験されています。ちなみに金属缶の間を糸や針金で結んだ電話のことを当時「lover's phone」と呼んでいたそうです。たまりませんね。

 

電波通信と違って、その糸の届く範囲でしかやり取りのできない不便さ。ただその制約があるから結果的に相手との距離感をこの目で見ることができる。相手の存在を糸の向こうに感じることができる。なんというかそういう不便さの中にある大事な部分はこの先どれだけ便利な世の中になっていっても忘れないようにしないといけないのかなと、思っています。(本日2度目の自戒)

 

糸電話とかって最近の子供も作ったりしてるのかな。

それともすでにスマートフォンを駆使しているのかな。

どっちなのかな。気になります。