ルーツの旅

ルーツの旅

世の中に溢れる様々なもの、の中から気になるものを拾い上げてそれのルーツをたどります。

尾の旅

全ての生物は神が創造したというそれまでの常識に一石を投じたのがダーウィンの「進化論」であるというのはあまりにも有名な話。

ヒトはサルから進化したなどど言うものですから、神を中心とする宗教的価値観が尊ばれていた当時の社会からは大変な批判を浴びたと言います。

 

ダーウィンの進化論の軸になっているのは「自然選択」という考え方です。

キリンの首が何千何万という年月をかけて長く進化したのは、高い木の草を食べる「ために」そうなったのではなく、同じ種の中でも首が長めの遺伝子を持つ個体も短めの遺伝子を持つ個体もいて、前者の方が結果的に高い木の草も食べられた「から」より多くの子孫を残すことができ、結果的に「首が長い遺伝子」が生き残り「首が短い遺伝子」が淘汰されていったから。というのが自然選択のざっくりとした要旨です。

 

太古の昔、哺乳類というカテゴリの生物が生まれ、知能に優れたサルという種が発生し、二足歩行で移動しながら言語を操るヒトが誕生しました。

この中で、気温の変化に耐えることができたり手が発達したりといった様々な進化が当然なされてきたのですが、この中で失われてきた形質もあります。

ヒトにはサルのような敏捷性も毛皮もないですし、尻尾も生えていません。

 

でもこれって、冷静に考えると少しおかしくないでしょうか?

 

自然選択の考え方に立ち返ると、生物の進化は「用不用」(=いる・いらない)ではなく「その方が結果的に生存しやすかった」という環境への適応で決まるはずです。

「知能が高い方が群れでうまく生存できた」とか「二足歩行の方が前足を手として使え、細かい動きができたから生存しやすかった」というのは分かるのですが、「尻尾がない方が生き残りやすい」理由がいまいちよく分かりません。

自然選択説にのっとるならつまり、「尻尾がいらなくなった」だけでは説明がつかず、「尻尾がない方が子孫繁栄に有利」な理由が、尻尾の退化という事態を説明するには必要なはずです。

 

なんとなく調べてはみたのですが、どうもしっくりくる回答が得られなかったので、「たぶんこうなのでは」といういくつかのヒト尻尾退化要因をこの場を借りて発表させていただきます。

 

 

①寒いと冷える

僕みたいな末端冷え性からすると、かなり冷えそうです。長ければ長いほどだめです。

 

 

②服を着るとき邪魔

今のスタイルのヒトなら足を入れる2つの穴さえあればパンツを履くことができますが、尻尾があるともう一つ穴が必要になります。縫製が大変ですし、耐久性も気になります。

 

 

③見つかりやすい

岩の陰に隠れているつもりが、尻尾が…

頭隠して尻隠さずとはまさにこのこと。

 

 

④絡まる

多くのヒトは何かが「絡まる」ことを嫌う傾向にあります。ポケットの中でイヤホンが絡まったり、靴紐がなぜだか固結びになってしまったり。もしも尻尾が生えていたら満員電車なんて乗れたもんじゃないです。

 

 

⑤青少年の健全な成長に不適切

若い女性の臀部から細く長い綺麗な尻尾が生えていたらなんとなくセクシャルな雰囲気がしますから、思春期のオスのヒトの性的感情をむやみに刺激してしまう恐れがあります。

 

 

⑥身体的差別につながる

尻尾にももちろん個体差があるはずです。短かったり長かったり、太かったり細かったり、毛の濃さや色の黒さなど。ただでさえ「人と違う」ことを攻撃しようとする種族がヒトですから、尻尾がまたいらぬ争いを招いてしまうかもしれません。

 

 

⑦動物を捕食しづらい

尻尾があるだけでアニマル感が出ます。ヒトが草食動物なら良かったのですが、牛や豚、鳥なども食糧とし栄養を取る必要があることを考えると、尻尾があるとどうしても哺乳類としての同族意識から他の動物を屠殺することがためらわれます。

 

 

⑧どうしても可愛い感じになる

特にオスには致命的です。どんなに顔が怖くても嬉しいと無意識に尻尾を振ってしまったりするので、かわいいです。

 

 

ツンデレ

「べ、別に嬉しくなんかなんだからね!」(尻尾ブンブン)

 

 

10個考えようとしていたのですが、無理でした。

詳しい方がいたらコメントで教えてください。

 

 

nadi.